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2019-05-08

「もうブスをやめたい」て、笑顔でずっと思ってる

マイスタイルを大事にするパリジェンヌに憧れます。

病んでるようなタイトルで文章を書くのはあまりよろしくないと重々理解しているのですが、やっぱりしっくりくるこのタイトルにしてみました。

とても親しくしている友人からとても興味深い話を聞かせてもらって、そこから自分のことを見つめ直す機会がありました。

ある時友人が、性転換手術をした話を出会った人から聞いたそうです。なぜ、手術に踏み切ったのか、という話で。その手術を受けた方(想像ですが、長らくご自身の感覚の性と、身体の性が一致していないことに違和感を感じて生きていたのだと思います)が、旅行で砂漠に行き、そこに広がるとても美しい夜空を観てものすごく感動したそうです。あー、なんて美しいんだろう、自分はちっぽけだな、と自然の美に心を奪われていく感覚を味わっている、まさにその時。「、、、でも自分は、この身体なんだよな」と、思ったそうです。
心が無になるべき時に忘れることのできないその感情。それがその方にとって手術への決断となったとか。

友人と「その極限に幸せを感じるべき時に抱くマイナスの感情って、本物だよね」と話しながら、うんうん、ソレわかるわかる、と思って。

その後、友人の口から出た言葉が自分にとって本当にしっくりきて、久々に自分のことについて頭を整理できたなーと思ったのです。
それは、私も友人も「自分がブスということに困っている」ということ。

化粧を覚えたての10代の悩みのように聞こえてしまうと困るのですが、そういうのとは全く違います。一般的には年齢を重ねることによって、性格が丸くなったり、ちょっと自分の身なりがどうでも良くなったりしますが、私も友人も、30代後半組のクセにずっと自分たちがブスということに悩んでいるし、少なくとも私はそれが年々強く感じるようになっているのです。

私なりになぜそういう感情を持ってしまうのか色々模索した結果、半年くらい前にホルモンバランス(いわゆるPMS)で悪化傾向にあるということがわかったので、そこから漢方薬治療を始めて今も飲んでいるのですが、うーん、じゃあPMSが無くなったらブスに悩まなくなるのか、というと自信はありません。

しかも自分でも「ブス」の定義が不確かなんです。もし整形するとしたら?と聞かれても答えられないのです。もっと目がぱっちりだったら、もっと鼻が高かったら、もっと唇がぷるんとしてたら、と思うこともありますが、そこまで変化したいことを求めていないので、もし整形手術をタダで受けられると言われたとしても恐らく私は自分の顔をいじることはしないでしょう。
じゃあ自分がブスじゃなくなるには?と自分に説いてもわからないのです。別に10年前の肌になりたいとも思わないし、一体何を持って私は自分をブスだと思っているのかが不明確なのです。

私が本当に他者から見てブスかどうかということはさておき、少なくとも友人は一般的に見て確実に美人な顔立ちです。でも、とにかく自分がブスであるという感情で、私たちは心を消耗していて、果たしてこの出口がどこにあるのだろうと思いました。

私も彼女も、恐らく、自信のある人だと思われることが多いし(実際に私がブスで悩んでいると周りに話すとかなり驚かれます)、いつも面白さを求めて生きているのでそれなりに笑いの絶えない人生を送っていると思います。でもその笑顔の裏ではこの感情が消せないままになっているのです。

良い意味でも、悪い意味でも、感受性の豊かさが与えてくれた感情なのかもしれません。正直、私がブスをやめたいってずっと思っているって両親に伝えたらとても悲しがると思いますし、私も娘にそんなことを言われたらとても胸が苦しくなります。

上に書いた性転換した人の話のように、マイナスな感情があるならそれを取っ払える方法を選択しよう!というのがなんだか羨ましいです。私からブスをやめたいという感情を切り取ることができたら、と思いますが、、でもきっとそれがなくなってしまったら私は私でなくなってしまうのだと思うのです。

考え方や価値観が変わることで自分がブスだと思わなくなる日がくるかもしれませんが、まだしばらくはこの感情と一緒に毎日を過ごしていくのだと思います。

ただ、誤解されたくないのは、自分は人生を楽しんでいるし、ブスだからという理由で何か困ることがあるわけでもないです。その感情を持って生きていることで、自分と向き合おうとする時間が多いということだけ、ということなのです。ただぼんやり、いつかそこを抜け出せる日がくるといいなと思っています。

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